なぜメンタルクリニックで鍼灸を?
2024.11.25
~お薬だけに頼らない治療~
精神疾患の治療は、薬物療法が一般的です。精神疾患に悩む方に、医師がその人に合った薬の処方を行い、経過を見届けます。
しかし、あくまでも脳に働きかける治療がメインで、精神疾患に伴う肩こりや腰痛、だるさなど、さまざまなからだの不調まで治療するわけではありません。
そこで「からだの不調もあるけど、副作用が怖いからこれ以上薬を飲みたくない」「お薬だけに頼らない治療を受けたい」という方に提案したいのが、副作用が少なく精神疾患に伴うからだの不調の改善を望める鍼灸治療です。鍼灸で心身の不調の改善し、身体の土台が安定することでお薬の効果が高まることも見込めます。
鍼灸は医療現場で、薬でケアできない不調の代替医療として注目されており、WHO(世界保健機関)はうつ病や神経症、その他の治療などに鍼灸が有効である可能性を検討しています。
実際にCOPD(慢性閉塞性肺疾患)に対する鍼治療が診療ガイドラインに掲載されました。日本だけでなく、世界的に鍼灸治療が導入され、アメリカでは依存性の高いオピオイド鎮痛薬の代替医療として、イギリスではうつ病の改善に効果があったというデータがあります。
鍼灸治療は、からだ全体のバランスを整える東洋医学の一分野であり、からだと同時に心をケアする効果が見込まれます。こうした背景から、メンタルの不調の解消にも繋がると考えられています。
当院では多角的なアプローチで患者様の症状改善のために鍼灸治療を取り入れています。
鍼灸治療はニューロモデュレーションとして有効?
鍼灸治療がニューロモデュレーション(神経調節)として有効であるかについては、科学的に確立された治療法としての位置づけは限定的であるものの、近年論文の発表も盛んに行われており、一定のエビデンスが存在します。以下にその可能性とメカニズムについて説明します。
- ニューロモデュレーションとしての鍼灸のメカニズム
鍼灸治療が神経系に与える影響は、主に以下のメカニズムが提唱されています。
神経可塑性の促進
鍼灸が末梢神経を刺激することで、中枢神経系(脊髄、脳)における神経伝達物質の放出や神経ネットワークの再編成を促す可能性が示されています。
内因性オピオイドの放出
鍼刺激によりエンドルフィンなどの内因性鎮痛物質が放出されることが知られています。これにより痛みやストレスが軽減され、神経系のバランスが調整されると考えられます。
自律神経系への作用
鍼灸治療は交感神経と副交感神経のバランスを調整する可能性があります。これにより、心拍数やストレスホルモン(コルチゾール)の調整が行われると考えられます。
脳機能への影響
fMRIやPETスキャンを用いた研究では、鍼治療が脳内の特定の領域(前頭前皮質、扁桃体、視床など)の活動を変化させることが示されています。
- ニューロモデュレーション分野での具体的応用
鍼灸治療は、以下のようなニューロモデュレーションが必要な疾患や症状に応用されています。
慢性痛(腰痛、肩こり、線維筋痛症など):痛みの神経回路に直接作用することで、痛覚過敏を軽減。
頭痛や片頭痛:神経系の過剰興奮を抑制する作用。
うつ病・不安障害:神経伝達物質の調整作用。
失眠症(不眠):自律神経系を調整して睡眠の質を改善。
脳卒中後のリハビリ:神経再編を促進する可能性。
- 鍼灸のエビデンスと限界
エビデンス
鍼灸はWHO(世界保健機関)によって、いくつかの疾患(例えば、慢性痛、片頭痛など)に対して有効である可能性が示されています。
Cochraneレビューやメタアナリシスでは、鍼灸がプラセボを超える効果を示すという報告もあります。
限界
効果の再現性に課題:研究の質が不均一であるため、標準治療として認められるにはさらなるエビデンスが必要。
個別化治療:鍼灸は個々の患者に合わせたアプローチをとるため、標準化が困難。
プラセボ効果の寄与:鍼灸の効果の一部はプラセボによるものである可能性が指摘されています。 - rTMSやtDCSとの比較
rTMSやtDCSのような現代的なニューロモデュレーション技術と比較すると、鍼灸は以下の点で異なります。
ターゲットの特異性:rTMSは脳の特定の領域を直接刺激しますが、鍼灸はより広範で全身的な効果を目指す。
作用機序の科学的裏付け:rTMSやtDCSはより詳細なメカニズムが明らかにされています。
実施の簡便性:鍼灸は手技に熟練を要しますが、機器を用いるニューロモデュレーションは標準化しやすい。
結論
鍼灸はニューロモデュレーションとして有効である可能性を秘めていますが、科学的なエビデンスやメカニズム解明の点で現代の電気刺激ベースのニューロモデュレーション(rTMSやtDCS)には劣ります。補完医療としての価値を認めつつ、適切なエビデンスに基づいた応用を検討することが重要です。
鍼灸治療に関するエビデンス
- 慢性痛
エビデンス
メタアナリシス (Vickers et al., 2018)
症状:慢性腰痛、肩痛、膝の変形性関節症、頭痛。
研究対象:39試験、20,827人の患者。
結果:鍼治療はプラセボ(シャム鍼)に比べて統計的に有意な改善をもたらす。
慢性痛に対する効果は中等度。
プラセボ効果の寄与もあるが、鍼自体の効果が確認された。
Cochraneレビュー (Furlan et al., 2015)
鍼治療は慢性腰痛に対してプラセボよりも効果がある。ただし、標準治療(薬物治療や物理療法)に比べて優れているわけではない。
メカニズム
鍼が痛覚抑制経路(脊髄での下行性抑制)の活性化を引き起こし、内因性オピオイドの放出を促進すると考えられる。 - 片頭痛
エビデンス
Cochraneレビュー (Linde et al., 2016)
研究対象:22試験、4,985人の患者。
結果:
鍼治療は予防的薬物療法と同等の効果を持つ。
鍼は片頭痛発作の頻度と強度を有意に減少させる。
プラセボ鍼(シャム鍼)に対しても小さいながら有意な効果が示された。
メカニズム
鍼が脳血流動態を調整し、痛みを引き起こす神経炎症の抑制を促す。 - うつ病・不安障害
エビデンス
レビュー (Smith et al., 2018)
うつ病に対する鍼治療は、SSRI(抗うつ薬)と併用することで治療効果を増強する可能性がある。
単独治療としてもプラセボより有意に効果があることが示された。
個別研究(Sniezek et al., 2011)
不安障害に対する鍼治療は、不安スコアの有意な低下をもたらした。
メカニズム
鍼がセロトニンやドーパミンといった神経伝達物質の放出を調整する可能性がある。
自律神経系を安定させ、ストレスホルモン(コルチゾール)の抑制を促進。 - 不眠症
エビデンス
メタアナリシス (Chen et al., 2019)
対象:46試験、3,811人の患者。
結果:
鍼治療は不眠の症状を改善する。
鍼は薬物療法よりも持続的な効果を示す場合がある。
個別研究 (Gao et al., 2021)
fMRI研究により、鍼が睡眠を調節する脳領域(視床下部、松果体)の活性を変化させることが示唆された。 - 脳卒中後のリハビリ
エビデンス
Cochraneレビュー (Zhou et al., 2015)
脳卒中後の運動機能回復において、鍼治療は標準リハビリに追加すると有益である可能性。
効果の規模は中程度。
中国の大規模研究(Wang et al., 2018)
鍼治療は脳卒中後の痺れや運動障害の改善を促進した。
メカニズム
鍼が神経再編成を促進し、血流改善をもたらす可能性。 - 神経性消化器症状(IBSなど)
エビデンス
レビュー (Manheimer et al., 2012)
過敏性腸症候群(IBS)における鍼治療の効果は、プラセボ以上の改善をもたらす。
腸の神経調節やストレス軽減を通じて症状を緩和すると考えられる。
エビデンスの総括
効果が実証されている分野:
慢性痛
片頭痛
うつ病や不安障害
不眠症
脳卒中後リハビリ
限界:
多くの研究が中国を中心に行われており、質の高いランダム化比較試験(RCT)の不足が指摘される。
プラセボ効果を完全に排除するのが困難。
将来の課題:
標準化されたプロトコルの開発。
長期的効果の検証。
他のニューロモデュレーション技術との直接比較研究。