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発達障害の“診断基準外”の症状は、合理的配慮の対象になるのか?
2025.11.26
ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)には、DSM-5という正式な診断基準があります。しかし実際の臨床現場では、診断基準に書かれていないのに、当事者の多くが共通して経験している現象 が少なくありません。
たとえば、
- APD(聴覚情報処理の困難:声は聞こえるが意味が届かない)
- DCD(協調運動の困難:靴ひもが結べない、ぶつかりやすい)
- 時間感覚のズレ(タイム・ブラインドネス)
- マルチタスク困難、フリーズ
- 刺激の選別が苦手(雑音で思考が停止する)
- 感情同定の難しさ(アレキシサイミア)
これらは診断基準には明記されていませんが、日常生活・学校・職場に大きな影響を与える“周辺症状” です。
では、こうした“診断基準外の特性”は 合理的配慮の対象になるのでしょうか?
結論からいえば、多くの場合、対象になります。
■ 合理的配慮は「診断名」ではなく「困りごと」で判断される
合理的配慮の実務では、
「医学的な診断項目を満たしているか」よりも
「生活や学業・業務に具体的な支障があるか」
が最も重要です。
実際、学校や企業が合理的配慮を検討するときの流れは次の通りです。
- 本人が困っている具体的な状況
- その困難が学習や業務にどう影響しているか
- どう調整すれば改善するか
この3つが揃っていれば、診断基準に載らない症状でも配慮の対象になる ことは珍しくありません。
■ APD・DCDはむしろ「配慮の必要性が高い」領域
● APD(聴覚情報処理の困難)
- 音声は聞こえるのに意味が入らない
- 複数人の会話になると処理できない
- 雑音が混ざると指示を理解できない
→ 席の調整、文字情報の併用、静かな環境の確保などの配慮が有効です。
● DCD(協調運動の困難)
- 手先の作業が極端に難しい
- 歩行中に人のかかとを踏みやすい
- 道具操作が遅れる
→ 作業時間の延長、安全な動線、道具の標準化などが役立ちます。
これらはDSM-5のASD/ADHD基準の“外側”ですが、生活機能への影響は非常に大きいため、配慮の対象となるケースが実際には多いのです。
■ 診断基準には載らないが、配慮が必要になりやすい特性
以下は、診断基準外であっても、合理的配慮として調整されることが多い“典型的な困難”です。
① 時間感覚のズレ(タイム・ブラインドネス)
- 5分後が想像できない
- 締切の実感がない
- 時間の流れが人と違う
→ タスクの細分化、スケジュール可視化が有効。
② 刺激の選別が苦手
- 雑音があると処理不能
- カフェやオープンスペースで集中できない
- 周囲の声や動きに意識を持っていかれる
→ 環境調整、席順配慮、ノイズ軽減が役立つ。
③ マルチタスク困難・フリーズ
- 作業と会話を同時にすると破綻する
- 切り替えの瞬間に固まる
- 頭が真っ白になり言葉が出ない
→ 作業環境の整理、単一タスク化で改善する場合が多い。
④ 感情の“名前がわからない”:アレキシサイミア
- 自分の状態を言語化できない
- ストレスが身体症状として先に出る
- 対話型の支援が難しいこともある
→ 記録・チャート・チェックリストで可視化すると支えやすい。
■ 合理的配慮として認められるかどうかの基準
以下のいずれかに当てはまれば、合理的配慮の検討対象となります。
- 困難が反復的で、生活機能の妨げになっている
- 本人の努力だけでは改善が難しい
- 認知・感覚の特性として説明がつく
- 学業・業務で不利益が生じている
- 第三者が見ても必要性が合理的に説明できる
つまり、“診断基準外だから対象にならない”ということはない のです。
■ まとめ
発達障害の周辺症状は、診断名以上に本人の生活を左右します。
合理的配慮は、本来こうした“現実の困りごと”を拾い上げる仕組みです。
- APD
- DCD
- タイム・ブラインドネス
- フリーズ
- 刺激の選別困難
- 感情の同定困難
これらはすべて、日常生活や学業・仕事に支障があれば、合理的配慮の対象になりうる領域 です。
診断名はあくまで枠組み。
その外側にも、多くの“生きづらさ”と“支援の必要性”があります。
発達障害の診断基準に載らない“しんどさ”とは?|APD・DCDなど当事者の意外な困りごと
2025.11.26
発達障害の診断基準には載らないのに、多くの当事者が「これが一番しんどい」と感じる現象を解説します。APD・DCDなどの特性や、検査では捉えにくい日常の困りごとを丁寧に整理し、理解を深めるためのポイントを紹介します。
はじめに
ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)にはDSM-5という明確な診断基準があります。
しかし臨床の現場では、診断基準には書かれていないのに、当事者の多くが共通して経験している“生活上の困りごと” が少なくありません。
むしろ、こうした“基準外の症状”こそが、日常生活の質を大きく左右することがあります。
この記事では、医療機関での支援経験と当事者の語りの両方から、代表的な現象を整理していきます。
1|聴覚情報の「抜け落ち」:APD(聴覚情報処理の困難)
「声は聞こえているのに、意味が届かない」
「複数人の会話になると、会話に入れない」
こうした訴えは非常に多いものの、APD(Auditory Processing Difficulties)という概念はDSM-5の診断基準には含まれていません。
典型例は以下のようなものです。
- 騒がしい空間で会話が分からなくなる
- 相手の言葉が“音のまま”で、意味処理が追いつかない
- 会議や授業で指示を聞き逃しやすい
診断名というよりも、“脳の情報処理の特性の一つ”と捉えたほうが理解しやすい領域です。
2|手先や身体のぎこちなさ:DCD(発達性協調運動障害)
DCDもDSM-5では独立した診断名ですが、ASDやADHDの方が周辺的に持っているケース が多く見られます。
生活ではこんな困りごととして現れます。
- 靴ひもがうまく結べない
- 人と歩くとつい“かかとを踏んでしまう”
- ボールの距離感がつかめない
- 大人でも字を書くとすぐ手が疲れる
学校生活や仕事の細かな場面でストレスとして蓄積しやすい領域です。
3|診断基準には書かれないけれど圧倒的に多い日常の困りごと
以下はDSM-5のASD・ADHD基準には明記されていませんが、当事者の多くが訴える“典型的な周辺症状”です。
(1)時間感覚のズレ(タイム・ブラインドネス)
- 5分の感覚が人より長く/短く感じる
- 締め切りが近づいても実感が湧かない
- “未来の自分”を想像しにくい
ADHDの実行機能の弱さと関連します。
(2)刺激の「選別」が苦手
- 騒音・光・匂いなどの複数刺激を同時に処理すると負荷が跳ね上がる
- 図書館は得意だが、オープンスペースは苦手
- 会話と周囲の雑音が混ざって聞こえてしまう
ASDの感覚処理特性とも重なる部分です。
(3)マルチタスクで“思考が止まる”
- 作業と会話を同時にすると処理が破綻する
- 順番を切り替えようとした瞬間に固まる
- 頭が真っ白になり、言葉が出ない
「フリーズ」と表現される場合もあります。
(4)感情の“名前が分からない”:アレキシサイミア
- 自分の感情がよく分からない
- 身体症状として先に出る(頭痛、動悸、胃の痛みなど)
- カウンセリングで何を話したらいいのか分からない
当事者では非常によく見られる特徴です。
(5)表情・距離感の微妙な読み違い
- 相手の表情を“読みすぎる”
- またはほとんど拾えない
- 人との距離感がうまくつかめず、近すぎたり遠すぎたりする
社会生活に出てから悩みとして表面化しやすいテーマです。
(6)“スイッチが入らない”状態
- 必要なことほど、手がつかない
- やる気の問題ではなく、脳の実行機能が働きにくい
- 特にストレス状況では顕著
ADHDの特徴として語られますが、診断基準には含まれません。
4|これらは“病気の症状”か?
結論からいうと、多くは脳の情報処理の特性 であり、
「病気だから起こる現象」ではありません。
発達障害の診断基準は、生活での困難を説明するための“フレーム”に過ぎません。
実際の生活では、もっと多彩で個別的な現象が現れます。
そのため、支援には次のような視点が不可欠です。
- 個々の特性に合わせた環境調整
- 過度な刺激を減らす工夫
- タスクの構造化
- 音声より文字情報で補う方式
- 行動と感情の可視化
「診断名」よりも「生活の困りごと」を中心に支援する方が実践的です。
5|おわりに
診断基準に載らない困りごとは、本人にも周囲にも理解されにくいものです。
しかし、当事者の語りを丁寧に聴くと、そこに共通したパターンが多く存在します。
発達障害は“診断名”ではなく、脳の情報処理の多様性として理解することで、
日常生活の工夫や支援の方向がぐっと見えやすくなります。
カフェインを使うADHDの戦略
2025.11.22
ADHDと聞くと、「多動」「不注意」「衝動性」が有名ですが、
実際の生活の中で多くの人が悩むのは、もっとシンプルな感覚です。
“脳のスイッチが入らない時間帯がある”
“やる気がなくなる谷が突然くる”
この「覚醒の波の不安定さ」が、仕事や勉強のしづらさにつながっていることがあります。
そんなとき、自然に手が伸びるのが コーヒーやお茶、エナジードリンク といったカフェインです。
実はこれ、「怠け」でも「依存体質」でもなく、
多くのADHDの人が生きていく中で見つけてきた、**ごく合理的な“調整の方法”**です。
本記事では、「カフェインを“戦略”として使う」という視点から、
実践的なコツや注意点を整理してみたいと思います。
■ 1.ADHDの人がカフェインを求めやすい理由
ADHDの人には、次のような特徴がよく見られます。
- 朝、スイッチが入りづらい
- 午後に突然エネルギーが落ちる
- “やる気”ではなく、“覚醒レベル”が落ちてくる
- 机に向かう前の「始めるまでの壁」が分厚い
こうした状態は、意志や根性の問題ではありません。
単純に “脳の立ち上がり”が一貫しない のです。
だからこそ、刺激物であるカフェインが“ちょうどよく働く瞬間”があります。
これは「依存」ではなく、むしろ 自己調整の試行錯誤 といえます。
■ 2.カフェインは“万能薬”ではないが、道具としては優秀
カフェインは治療薬ではありません。
しかし、日常のなかでは次のような助けになることがあります。
- 眠気を軽くし、作業へ入りやすくする
- 朝の立ち上がりを整える
- 午後の“谷”を少し持ち上げる
- ルーティンのリズムを作りやすくする
(例:コーヒーを淹れたら仕事を始める、など)
つまりカフェインは 「脳のスイッチを入れるための小さな補助輪」 のような存在です。
■ 3.失敗しやすいポイント(よくある“落とし穴”)
ADHDの人は、以下のような形でカフェインを「失敗の方向」に使ってしまうことがあります。
● ① 夕方以降にも飲んでしまう
→ 寝つきが悪くなり、翌日さらに集中しづらくなる。
● ② エナジードリンクを“常用”する
→ 量が増えやすく、反動が大きい。
● ③ イライラ・不安が強くなるタイプなのに飲む
→ カフェインが逆効果になってしまう。
● ④ 朝すぐ飲む
→ 一見良さそうだが、身体がまだ覚醒していないため効き方が不安定。
カフェインは使い方次第でメリットにもデメリットにもなります。
■ 4.ADHDのための「カフェイン戦略」5つのコツ
① “目的”を決めて使う
ただなんとなく飲むのではなく、
「今から作業を始める」
「午後の谷を越えたい」
といった“使う理由”を決めると効果が安定します。
② 朝は「起床後90~120分」が最適
カフェインの飲むタイミングとして、
起床直後よりも、1.5〜2時間後の方が覚醒リズムが整いやすい ことがあります。
寝起きは体のホルモンバランスが不安定で、
このタイミングで飲むと「効くときと効かないときの差」が出やすいのです。
③ 午後の“谷”にピンポイントで使う
多くのADHDの人に共通するのが 13〜15時の落ち込み。
眠くなり、作業効率がガクッと下がる時間です。
この時間帯のカフェインは“戦略的に”動作しやすい。
④ 16時以降は原則避ける
夕方以降のカフェインは
睡眠リズムの乱れ → 翌日の集中力低下
につながりやすい。
ADHDの人ほど「睡眠の影響を受けやすい」ため、
夜間のカフェインはデメリットが大きいことが多いです。
⑤ 量をコントロールする(200〜300mg/日目安)
- コーヒー1杯:80〜100mg
- エナジードリンク1本:100〜150mg
- お茶は少なめ
「効くから」と量が増えていくのがADHDの人の“あるある”なので、
あえて上限を決めておく のが安全です。
■ 5.どんな人は“カフェイン戦略”と相性が良い?
- 朝のスイッチが入りづらい
- 昼過ぎに“谷”が来るタイプ
- 不安よりも眠気・だるさが主訴
- ADHD薬を使っていない方
- リズムの自己調整が得意な人
こうした場合は、カフェイン戦略は「生活の整え方のひとつ」になりやすいです。
■ 6.逆に、相性が悪いのは?
- 不安が強い
- 動悸が出やすい
- 睡眠がすでに不安定
- 夕方に必ず飲みたくなる
- エナジードリンクを習慣的に使っている
こうした場合は カフェインよりも睡眠調整や心身の安定を優先する方が楽になる ことがあります。
■ 7.まとめ
ADHDにとってカフェインは、
「依存」でも「万能薬」でもなく、
日常の中で自分のリズムを整えるための小さなツールです。
- 使いどころ
- 飲む量
- 飲む時間
この3つだけ押さえれば、カフェインは“味方”として働きます。
もし、「量が増え続ける」「睡眠が乱れる」「不安が悪化する」などがある場合、
無理に続けようとせず、一度立ち止まることも大切です。
心療内科の診断書は“どの段階で”もらえる?福岡市内で受診を検討している方へ
2025.11.22
いつ、どのようにして診断書が作成されるのか──医師が丁寧に解説します
福岡では、職場・学校・行政手続きなどで「急に診断書が必要になった」という相談が増えています。
実際、提出期限が迫り焦って受診される方も多く、
- 休職・欠勤のため
- 大学や高校への提出物
- 職場の産業医から指示があった
- 就職活動・実習の延期のため
など背景は様々です。
本記事では“診断書がどのタイミングで作成可能なのか”を医師の立場から正確に解説します。
(※当院特有の話ではなく、福岡の心療内科で一般的に行われている流れを基にまとめています。)

1. 心療内科の診断書は「初診で作成できるのか?」
結論から言うと、
医学的に必要と判断できる場合、初診で診断書を作成することはあります。
ただしこれは「すべての方が当日作成できる」という意味ではありません。
診断書は医学的判断を伴う文書であり、
症状の評価・生活への支障・職場/学校での状況を把握する必要があります。
▶ 初診で診断書作成が“可能になる”ケース
- 明確な症状がすでに出ている
- 生活や業務に支障がある程度把握できる
- 職場または学校から受診を求められた
- 過去の治療歴があり、情報が揃いやすい
- 相談内容が具体的で医学的評価が成立する
▶ 初診では作成が難しいケース
- 診断名の確定に時間が必要
- 観察や追加問診が必要な状況
- 休職期間や業務制限の判断がつきにくい
- 相談内容が曖昧で評価が困難
重要なのは、「すぐ書けるかどうか」ではなく
医学的に正確な判断ができるかどうかです。
2. 診断書が必要な方に多い相談内容
福岡の心療内科で実際に寄せられる相談には、次のようなものがあります。
- 「急に欠勤してしまい、明日までに提出が必要」
- 「産業医から診断書を持ってくるように言われた」
- 「学校から受診を促された」
- 「実習に行けず、延期のために必要」
- 「家で寝られず、気分の落ち込みが強くなった」
急な提出期限に追われている方も多く、受診前から強い不安を抱えていることが少なくありません。
3. 診断書作成までの一般的な流れ(福岡の場合)
ここでは福岡の心療内科でよくある流れをまとめます。
① 事前相談(電話・LINE・Web問診)
初診の前に簡単に困りごとを伺います。
提出期限が近い場合も含め、状況を整理することができます。
② 初診
医師が以下を評価します:
- 現在の症状
- 生活への支障
- 職場・学校での困難
- 不眠・食欲・集中の変化
- 既往歴・服薬歴
必要に応じて、オンライン診療での対応も可能です。
③ 医学的に必要と判断した場合、診断書作成へ
診断書の内容(期間・配慮事項)について、本人と一緒に確認します。
※休職期間の判断が難しい場合は、経過観察後に作成することがあります。
④ お渡し
紙の診断書として発行します。
4. 福岡でよく求められる診断書の種類
- 職場の休職・復職に関する診断書
- 欠勤証明
- 大学・高校・専門学校への提出書類
- 実習・授業の参加可否に関する書類
- 傷病手当金の申請書類
内容に応じて、作成に必要な情報が異なります。
5. よくある質問(FAQ)
Q1. 診断書の費用はどれくらいですか?
→ 自費の文書料としてクリニックごとに定められています。
Q2. オンライン診療でも診断書は可能ですか?
→ 内容によっては可能です。
ただし、休職期間の判断など、対面受診が必要な場合もあります。
Q3. 「すぐ書いてほしい」は可能ですか?
→ 必要と判断される場合には個別に対応いたします。
6. 最後に──急いでいる方へ
診断書は、急な提出期限が迫っていると、とても焦りやすいものです。
しかし、診断書は医学的な評価に基づいて作成される文書であり、
「書ける/書けない」は症状と状況によって異なります。
当院では、
できる限り丁寧に状況をお聞きし、医学的に判断できる範囲で支援します。
まずはLINEやお電話でご相談いただければ、
受診の流れをスムーズにご案内できます。
「叱らない子育て」で家庭が不安定になる理由──社会的フィードバックと自我境界の発達
2025.11.17
「叱らない子育て」で狂ってしまった親子関係をたくさんみてきた。
とある精神科医の先生のツイートがバズっています。
否定語を使わない、子どもの気持ちを尊重する、親が怒らない──こうした姿勢自体は、たしかに子どもの安心感を育む上でとても大切です。
しかし臨床の現場では、“叱らない”“制止しない”“境界を示さない”というスタイルが続くことで、かえって家庭が不安定になっていくケースを数多く経験します。
それは親が悪いわけでも、子どもが悪いわけでもありません。
「社会的フィードバック」 と 「自我境界の発達」 という、人の成長に不可欠な仕組みが働かなくなるからです。
この構造を、少し丁寧に説明していきます。
1. 子どもは“外界とのやり取り”で世界を学ぶ
私たち大人は、
「これは危険なんだ」
「これは相手が嫌がるんだ」
「ここまでは許されるんだ」
という“外界のルール”を日常的なやり取りの中で自然に学んできました。
これを発達心理学では 社会的フィードバック(social feedback) と呼びます。
- 親の表情
- 声のトーン
- 止める・制止する
- 叱る・説明する
- 「それはダメ」「これはOK」という線引き
こうした反応を通じて、子どもは 「自分と他者は違う存在」 であり、
「他者にも独自の基準や感情がある」 ことを理解していきます。
これは 自我境界(self–other boundary) の発達そのものです。
2. “叱らない”が続くと、フィードバックが不足する
ところが、叱らない・制止しない・曖昧に終わらせる子育てが続くと、
子どもは「外界の反応」を手がかりにできなくなります。
例えば、
- 危険行動を止めてもらえない
- 他者が不快に感じても、そのサインが返ってこない
- 「良い・悪い」の境界がわからない
- 行動の可否が日によって変わる
こうした環境では、子どもは
“世界のルールが見えない”
という状態に置かれます。
世界の法則性がつかめないと、
子どもは自分の内部で“独自ルール”を作ってしまったり、
突然の変化に強い不安を感じやすくなります。
3. 境界が示されないと、子どもの心は不安定になる
自我境界は「他者との距離感」を学ぶための基盤です。
ところが境界が曖昧だと、次のようなことが起きます。
◆ 自分の気持ちと他者の気持ちが混ざる
自分の欲求が通らないとき、「拒絶された」と過剰に受け止めることがあります。
◆ 他者の基準が読み取れない
相手が何を嫌がるのか予測できず、対人不安が強まります。
◆ ルールが自分の中だけで完結してしまう
周囲との摩擦が増え、トラブルが起こりやすくなります。
境界が存在しない世界では、
子どもは「世界が突然変わるように感じる」ため、
家族内の怒り・不安・混乱も増えやすいのです。
4. 子どもが落ち着くのは“境界が設定されているとき”のことが多い
臨床でよく見かける印象的な現象があります。
「ダメな時はダメ」と明確に示した方が、子どもが落ち着く。
怒鳴る必要はありません。
理不尽に叱りつける必要もありません。
ただ、
- 危険な行動は止める
- 人を傷つける行動は制止する
- “家庭や学校のルール”を一貫して伝える
こうした “境界の明示”は、子どもにとって“世界の地図”になる のです。
5. では、どう叱ればよいのか?
叱る=怒鳴る ではありません。
子どもの発達に必要なのは 「情報としての叱り」 です。
- 何が危険なのか
- どこまでOKで、どこからがダメなのか
- なぜ止めるのか
- 親の気持ちはどうか
- 他者はどんなふうに感じるのか
これを穏やかに、しかし明確に伝えます。
◆ ポイント
- 一貫性(日によって対応を変えない)
- 短く具体的に(抽象説明は伝わりにくい)
- 境界は大人側が決める
子どもに判断を委ねすぎると、逆に負荷が大きすぎて不安定になります。
6. “叱らない子育て”の本当の危険性とは何か
それは、
子どもが外界のルールを学ぶ機会が失われ、
自我境界が育たず、
最終的に家庭が不安定化する点にある。
叱る・制止する・線を引くことは、
子どもの心を守るための大切な発達支援です。
親が我慢して怒らないことが「優しさ」ではありません。
世界の法則性を教えることこそが、
子どもにとって最大の安心につながる のです。
おわりに
“叱らない育児”という言葉の “叱らない”だけ に着目してしまうと、
子どもの世界に必要な境界が見えにくくなってしまいます。
多くの場合、それは 「子どもを傷つけたくない」 という深い愛情から生まれた選択です。
けれど、その愛情が 境界の提示という重要な役割を奪ってしまう危険性 があることを、この記事ではお伝えしました。
臨床の現場で数多くのご家庭を拝見していると、
境界が欠けると、子どもの内側に“世界の地図”が育たず、結果として家庭全体が不安定化する
という共通の構造が浮かび上がってきます。
子どもの心は、優しさだけでは安定しません。
優しさと境界。
この二つがそろって初めて、子どもの発達は安心して進んでいくのだろうと思います。
「粋」と「野暮」は発達特性とどう関係するのか― ASD臨床から見える“日本的センス”の正体 ―
2025.11.16
■はじめに
日本の文化には、「粋(いき)」と「野暮(やぼ)」という、
行動やふるまいの“質”を評価する独特の概念があります。
この言葉は、一見すると伝統文化や江戸の美意識の話のように見えますが、
実は現代のコミュニケーションや働き方に深く影響している“心理的スキル” でもあります。
そしてこの概念、
発達特性──特に ASD(自閉スペクトラム症) を持つ人にとって
「扱いにくいが、構造化すればとても役に立つ」
という、興味深い性質を持っています。
本記事では、
精神科臨床で日々感じている視点から、
“粋”“野暮”と発達特性の交差点を、できるだけ丁寧に紐解いていきます。
■「粋」と「野暮」はなぜ難しいのか
まず前提として、これらは明確な定義がない概念です。
- 同じ言動でも「粋」と評価されることもあれば「野暮」と言われることもある
- 場の空気、関係性、温度感で評価が変わる
- 「言わない」「やらない」の美学が前提にある
つまり、“暗黙の文脈を読む文化”。
これはASDの特性(DSM-5でいう「非言語的コミュニケーションの困難」)と
かなり衝突します。
「空気を読む」「裏の意図を汲む」という前提が強すぎるからです。
■しかし、粋は“構造化”すれば扱える
ここからが本題です。
実は「粋」は、
“センス”ではなく“戦略”に分解できる。
粋の本質を行動原理に落とし込むと、以下の四つになります。
- 過剰に主張しない(リソースを節約する)
- 相手の自由を奪わない(境界線の尊重)
- 必要なときだけ動く(最適なタイミング)
- 余白を作る(情報処理の負荷を調整する)
これはもはや「空気読み」ではなく、
合理的な行為の最適化です。
ASDの方が苦手とされる“曖昧な行間”から、
「構造」「原理」「再現性」 の領域へと翻訳するイメージです。
■ASDの方にこそ“粋の原理”は便利になる
私は臨床で、ASDの方が
一度ルール化されたコミュニケーションを扱いだすと、
むしろ一般の人より精度が高くなることを何度も見てきました。
– 余計な説明を足さない
– 必要なときだけ言う
– 相手の判断を尊重する
– 境界線を明確にする
これらはすべて“粋の原理”と一致します。
つまり、
粋は「暗黙知の世界観」にあると難しいが、
「行動原則」に変換するとものすごく扱いやすい」。
実際、ASDの人が“粋の原理”を取り入れると、
人間関係の摩擦が減り、
「運がいい」と感じる確率が上がることすらあります。
■“野暮”は何か
逆に「野暮」は、簡単に言えば次の三つです。
- やりすぎる
- 押しすぎる
- 相手の自由を奪う
ASDの方のコミュニケーションが
一部の場面で“誤解される”背景にも、
この三つが影響している場合があります。
ただし、これもまた
ルール化すれば改善可能な領域です。
■“運をコントロールする”という視点
運は「偶然」ではなく、
心理学的には次の三つの積です。
- 確率
- タイミング
- 関係性の摩擦コスト
粋の原理は、この三つ全てに作用します。
- 無駄を減らす → 確率が変わる
- 動く時を選ぶ → タイミングが合う
- 相手の自由を尊重する → 関係の摩擦が減る
これらは結果的に
“運が良いように見える”状態を作るのです。
■まとめ
- 「粋/野暮」はASDの方にとって扱いが難しい
- しかし、それは“暗黙知”として扱うから難しいだけ
- 原理まで下ろせば、むしろ扱いやすい“行動戦略”になる
- 粋=余白・引き算・適切な距離
- 野暮=過剰・押しすぎ・相手の自由を奪う
- 粋の原理は“運の流れ”にも影響する
精神科医は自分を治せない。占い師は自分を占えない。
2025.10.17
「心のプロなら、自分の心も上手に扱えるはず」
そう思われることがあります。
でも現実は、精神科医も自分のメンタルで悩みます。
占い師も、人生の大事な場面では誰かに占ってもらいます。
これは「プロでも意外とダメなんだよ」という話ではありません。
人間の心には“構造的な限界”があるという話です。
■ なぜ人は「自分のこと」だけ客観視できないのか?
① 感情は“体験としてくっついている”から
他人の悩みであれば、少し距離を置いて考えられます。
けれど自分の悩みになると、感情が直接ぶつかってきます。
- イライラ
- 不安
- 恐れ
- 恥
これらは“分析する対象”ではなく“体験そのもの”として押し寄せます。
その瞬間、「考える」より先に「反応」してしまう。
② 認知バイアスと防衛機制が働く
人は、見たくないものを無意識に避けます。
都合のいいように解釈することもあります。
- 「本当はつらい」と気づかないようにする
- 「これくらい大丈夫」と思い込む
- 「自分は悪くない」と自分を守る
心には自己防衛の仕組みが組み込まれています。
それは生き延びるために必要な機能です。
でも同時に、自分を正しく評価することを妨げます。
③ “自分”という対象だけルールが変わる
他人を理解するときには論理や知識を使えます。
でも「自分」を理解しようとした途端、感情・記憶・価値観などが混ざり合い、
主観と客観の境界が崩れます。
いわば、
自分で自分の目を見ることはできない
という状態です。
■ プロですら例外ではありません
● 精神科医の場合
精神科医は病気の診断基準であるDSM-5や治療理論を知っています。
でもそれは「他人を診るための道具」です。
いざ自分が苦しい時にはこうなります:
- 「これは病気なのか?それとも甘えなのか?」
- 「患者さんにこんなこと言ってるくせに、自分は…」
- 「医者なのに助けを求めていいのか?」
感情・責任・プライドが入り込み、冷静な判断が難しくなります。
だから精神科医も、別の医師に相談します。
● 占い師の場合
占いは象徴やカードを読み解く技術です。
しかし、“自分の未来”がかかった瞬間、解釈が濁ります。
- 「これは悪い結果…でもきっと違う意味かも?」
- 「こうなってほしい」という願望が入り込む
- 「怖いから、見たくない」
その結果、正確に読むことができなくなります。
だから占い師も、人生の岐路では他の占い師を頼ります。
■ 共通点:人間は“鏡”なしでは自分を見られない
精神科医も、占い師も、実は「他者の心を映す鏡」として機能しています。
ですが、鏡は自分自身を映せません。
- 自分の感情を整理するには、他者の視点が必要
- 自分の思考のクセを知るには、誰かに言葉を返してもらう必要がある
- 自分の価値観を再構成するには、対話というプロセスが必要
心の問題は、“一人で”扱うように設計されていません。
■ ここが核心:
「助けを借りること」は弱さではなく、“構造的に正しい”
人間は、自分の心を100%客観視できないようにできています。
これは「意志の弱さ」でも「知識の不足」でもありません。
脳と心の構造上の限界です。
だから、
- 「自分でなんとかしなきゃ」
- 「迷惑をかけたくない」
- 「こんなの自力で解決できるはず」
という考えは、とても尊い努力ですが――
科学的には、非効率で、時に危険です。
■ 終わりに:あなたに伝えたいこと
精神科医ですら、一人で自分を治すことはできません。
占い師ですら、一人で自分を占うことはできません。
それは“能力が足りない”からではなく、
人間の心が「そういう構造」でできているからです。
だから、あなたも「自分でどうにかしなきゃ」と思わなくて大丈夫です。
一人で抱え込まないことは、弱さではなく“合理的な選択”です。
心を映す鏡として、
思考を整理する相棒として、
メンタルクリニックをご利用ください。
リワークとは ― 職場復帰を支えるリハビリプログラム
2025.10.07
リワークとは?
「リワーク(Rework)」とは、うつ病や適応障害、発達障害などの精神的な不調で休職した方が、職場復帰に向けて行うリハビリプログラムのことを指します。
医療機関や地域のリワーク支援施設で実施され、通院治療だけではカバーしきれない「仕事に戻るための準備」を整える役割があります。
リワークの目的
リワークの大きな目的は以下の3点です。
- 生活リズムの安定
休職中は昼夜逆転や不規則な生活になりがちです。リワークを通じて規則正しい生活を取り戻します。 - 仕事に必要な集中力・持続力の回復
長時間の業務に耐えられるよう、段階的に作業時間を伸ばしていきます。 - 対人関係スキル・ストレス対処法の習得
職場で再び人間関係のストレスを受けても対応できるよう、グループワークや心理教育を行います。
リワークで行う内容
施設によって違いはありますが、代表的なプログラムには次のようなものがあります。
- 朝のミーティング・日報作成
- 認知行動療法を基盤とした心理教育
- 集中トレーニング(読書・PC作業・軽作業など)
- グループディスカッション
- 運動やリラクゼーション
- 模擬出勤や職場復帰に向けたシミュレーション
リワークの対象となる人
- うつ病や適応障害で休職中の方
- 発達障害や不安障害などで、就労継続に困難を感じている方
- 復職後すぐに再休職してしまった方
医師の診断・主治医の紹介が必要となることが多く、利用には医療保険や自立支援医療制度が適用される場合もあります。
リワークの効果と再休職予防
研究によれば、リワークを経て復職した方は、再休職率が低下することが報告されています。
単なる「復職」ではなく、「持続的に働き続けられること」を目指せるのが、リワークの大きな価値です。
まとめ
- リワークとは、休職から職場復帰までをサポートするリハビリプログラム。
- 生活リズム、集中力、対人スキルの回復を目的とする。
- 医療機関や専門施設で実施され、再休職を予防する効果がある。
精神的な不調からの職場復帰は、治療だけでなく「社会復帰のリハビリ」が欠かせません。
リワークを活用することで、安心して職場に戻り、長く働き続けるための力を取り戻すことができます。
リモートワークは“距離の問題”ではない——現場を知らずに語ることの危うさ
2025.10.05
近年、転職市場では「リモートワーク可」が働き方の前提条件のように語られることが増えました。
もちろん、リモート自体が悪いわけではありません。
むしろ、育児や介護、体調などの事情を抱えながらも働き続けられる手段として、リモート環境の整備は社会的に重要です。
ただし、私は一つだけ、どうしても引っかかることがあります。
「リモートワークを希望する人」が、一度も現場に足を運んだことがないままその働き方を前提にしているケースです。
そこには、距離そのものよりも深刻な問題——“現場への敬意の欠如”が潜んでいると感じます。
■ 「現場」は単なる作業場所ではない
私は精神科医として、日々、診察室で人と向き合っています。
患者さんの言葉は、文面だけを読んでも意味を成しません。
声のトーン、沈黙の長さ、目の動き——その“間”にこそ、最も大事な情報が隠れている。
同じように、どんな職種であっても「現場」には、言葉にならない“文脈”が流れています。
作業効率やタスク管理では拾いきれない、暗黙知や関係性のダイナミクスです。
それを知らずにリモートで仕事を完結させようとするのは、まるで患者を診ずにカルテだけで診断を下す医者のようなものです。
■ 上流と下流のナラティブを知らずに仕事はできない
現場を経験せずに働く人の多くは、自分の仕事の“前後”を想像しにくい。
たとえば、企画職が営業現場を知らずに戦略を立てれば、数字は整っても魂が抜ける。
逆に、オペレーション側が経営の視座を理解しなければ、効率化は単なる消耗戦になる。
リモートが成立するのは、上流と下流の物語を行き来できる人だけです。
それは「現場を知る」という単純な経験の積み重ねに他なりません。
■ 距離をとることは悪ではない。ただし、物語を共有しているなら。
私は、リモートワークを否定したいわけではありません。
むしろ、信頼が構築され、ナラティブを共有できているチームにおいては、
物理的な距離がある方が、創造的な対話が生まれることすらあります。
問題は、“距離をとること”ではなく、“物語を共有せずに距離をとること”です。
現場に立ったことのない人が、現場を想像せずに働くと、
そこに生まれるのは「効率化」ではなく「断絶」です。
■ 結び:「現場を尊重できる距離」を選ぼう
これからの時代、リモートかオフィスかという二項対立は意味を失っていくでしょう。
問うべきは、
「あなたは、どのくらい現場を理解してから距離をとりますか?」
ということです。
リモートとは“距離の取り方”ではなく、関係性の設計そのものです。
現場を一度でも見たことのある人だけが、
その距離の取り方を成熟したものにできる。
だから私は今も、「現場を知らないままリモートを語る」ことにだけは、
静かな違和感を覚えるのです。
セカンドオピニオンを受けたい!→自費になるってどういうこと?
2025.09.26
1. セカンドオピニオンとは?
セカンドオピニオンとは、今かかっている主治医とは別の医師に「診断や治療方針について意見を聞くこと」です。
「今の治療でよいのか」「他に選択肢はあるのか」を確認するために、多くの方が利用します。
2. 保険診療と自費診療の違い
日本の医療は原則「健康保険」が使えます。
ただし、保険が使えるのは“治療”が目的の場合だけです。
例:薬を処方する、検査を行う、症状に対応する など。
一方で、セカンドオピニオンは「治療」ではなく、意見を聞くこと自体が目的です。
そのため、保険のルール上「対象外」とされ、自費(自由診療)扱いになります。
3. よくある誤解
- 「診察だから保険がきくのでは?」 → 実際には“相談”の位置づけなので対象外。
- 「紹介状があれば保険でできるのでは?」 → 紹介状は情報共有のための書類で、保険の可否には影響しません。
- 「検査をすれば保険になるのでは?」 → 検査をすればその分は保険算定できますが、「意見を聞く時間」自体は自費です。
4. まとめ
- 治療目的 → 保険診療
- 意見を聞く目的 → 自費診療
セカンドオピニオンが自費になるのは、「保険のルールが“治療”に限られているから」というシンプルな理由です。
安心して治療を続けるために、自費であっても価値がある選択といえます。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
「セカンドオピニオンを受けたい!」と思ったとき、
- 主治医を変えたいのか?
- 治療方針を見直したいのか?
- それとも純粋に他の医師の意見を聞きたいのか?
――その目的をはっきりさせることが、よりよい相談につながります。
テスラクリニックでのご相談について
当院では、「医療相談枠」(15分あたり3,300円)を設けています。
これは「セカンドオピニオン外来」とは異なり、紹介状や検査データの提出を必須としていません。
現在の治療について不安がある、別の視点を聞いてみたい――そのようなときに、患者さんの感じていること・考えていることを整理し、次の一歩を一緒に検討する場としてご利用いただけます。
必要に応じて、専門医療機関や正式なセカンドオピニオン外来をご案内することも可能です。
オンラインでも同様にご相談いただけます。

