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治療に対する考え方

2025.12.18

テスラクリニックでは、
治療を「医師が一方的に行うもの」だとは考えていません。

精神科の治療は、
薬や技法だけで完結するものではなく、
ご本人の生活や考え方、体調やペースと一緒に
組み立てていくものだと考えています。

そのため当院では、
初診の段階で「すぐに答えを出す」ことよりも、
これから一緒に取り組んでいけそうかどうか
丁寧に確認することを大切にしています。

いま何に一番困っているのか。
治療にどんな期待を持っているのか。
そして、どこまでならご本人が取り組めそうか。

そうした点を共有できて、
はじめて治療がスタートすると考えています。


薬物療法についての考え方

当院では、
薬物療法を「できるだけ避けるもの」とも、
「とりあえず使うもの」とも考えていません。

大切にしているのは、
今の症状が、生活にどの程度の支障をきたしているか
そして、
薬を使うことで、その支障がどのくらい軽くなりそうか
という点です。

たとえば、不眠が続いていて、
それが翌日の仕事や学業に影響している状態であれば、
睡眠が安定するまでの間、
不眠症治療薬を使うことがあります。

それは、
一生飲み続けることを前提としたものではなく、
生活の土台を立て直すための一時的な手段としてです。


発達障害の治療においても同じです

発達障害についても、
当院では同じ考え方で治療を検討します。

遅刻が続いてしまう。
提出物の期限を守ることが難しい。
集中力の低下によって評価が下がり、
自己肯定感まで下がってしまっている。

こうした困りごとが、
薬物療法によって軽減できる可能性がある場合には、
投薬を選択肢として検討します。

薬によって、
生活が少し回りやすくなるのであれば、
それは意味のある治療だと考えています。

一方で、
薬を使わずに調整できそうな場合や、
現時点では投薬のメリットが小さいと判断される場合には、
無理に薬をおすすめすることはありません。


治療のペースについて

体調や状況によっては、
「いまはそこまで余裕がない」という時期もあります。

その場合には、
無理に治療を進めることが、
かえって負担になることもあります。

治療は、
「受け身で受けるもの」でも
「一人で頑張るもの」でもありません。

医療ができること、
できないことを正直にお伝えした上で、
ご本人と相談しながら、
無理のない形を一緒に考えていく。


最後に

薬は、人生を代わりに生きてくれるものではありません。
しかし、必要なタイミングで適切に使えば、
日常を取り戻す助けになることがあります。

テスラクリニックでは、
治療を「押しつけるもの」にもしませんし、
「丸投げされるもの」にもしたくありません。

ご本人と並んで進めていくこと。
それが、
テスラクリニックが大切にしている治療の形です。

保険診療とは?―精神科・心療内科を初めて受診する方へ

2025.12.18

精神科や心療内科を探しているとき、
「健康保険は使えるのだろうか」
「あとから高額な費用を請求されるのではないか」
といった不安を感じる方も少なくありません。

ここでは、「保険診療とは何か」について、
精神科・心療内科を初めて受診される方向けに、できるだけ分かりやすく説明します。


保険診療とは

保険診療とは、
健康保険制度に基づいて行われる医療のことです。

日本では、ほとんどの方が

  • 健康保険(社会保険)
  • 国民健康保険
  • 後期高齢者医療制度

など、いずれかの公的医療保険に加入しています。

保険診療では、

  • 診察
  • 必要な検査
  • 薬の処方

といった医療行為について、
費用の一部(原則1〜3割)を患者さんが負担し、
残りは保険制度から医療機関へ支払われます。


精神科・心療内科での保険診療

精神科・心療内科でも、
多くの診療行為は保険診療の対象です。

たとえば、

  • 医師による診察
  • 症状や生活状況の聞き取り
  • 診断に基づく治療方針の検討
  • 抗うつ薬や抗不安薬、睡眠薬などの処方

これらは、原則として保険診療で行われます。

「精神科だから特別高い」ということはありません。


保険診療で決まっていること

保険診療には、国によって定められたルールがあります。

  • 診療内容ごとに点数(診療報酬)が決まっている
  • 医療機関が自由に料金を決めることはできない
  • 同じ診療内容であれば、基本的な費用は全国共通

つまり、
「いくらになるか分からないまま進む」仕組みではありません。


自費診療との違い

保険診療に対して、
自費診療(自由診療)というものもあります。

自費診療とは、

  • 健康保険が適用されない診療
  • 費用を全額自己負担する診療

を指します。

たとえば、

  • 一部の専門的な検査
  • 特定のカウンセリング
  • 保険適用外の治療やサービス

などが、自費診療に該当することがあります。

重要なのは、
保険診療と自費診療は、制度上はっきり分かれているという点です。


保険診療から、知らないうちに自費になることはある?

原則として、
患者さんの同意なく、保険診療が自費診療に切り替わることはありません。

自費診療となる場合には、

  • どの部分が保険適用外なのか
  • 内容は何か
  • 費用はいくらか

を事前に説明し、
患者さんが希望された場合にのみ行われます。


不安なときは、聞いて大丈夫です

医療機関で、

  • 「これは保険診療ですか?」
  • 「費用はどれくらいかかりますか?」
  • 「自費になる可能性はありますか?」

と尋ねることは、
まったく失礼なことではありません。

むしろ、
納得したうえで診療を受けていただくことは、
医療を行う側にとっても大切なことです。


最後に

精神科・心療内科の受診は、
体調や気持ちがつらい中で、勇気を出して検討される方も多いと思います。

制度や費用のことで不安を感じたまま受診する必要はありません。

分からないことがあれば、
遠慮なく確認しながら進めてください。


【発達障害と「断れない」問題】なぜNOと言えないのか?性格ではなく“脳と神経”の話

2025.12.08

「断れない」「罪悪感が強い」その背景にHSPや発達特性(ASD・ADHD)、トラウマ反応が隠れていることがあります。精神科の視点から丁寧に解説します。

「本当は無理なのに断れない」
「頼まれると反射的にOKしてしまう」
「あとから後悔して、ひとりで疲れ切ってしまう」

こうした悩みで受診される方は、実際とても多くいらっしゃいます。
そして多くの方が、こう言います。

「自分は意志が弱いんだと思う」
「断れないのは甘えですよね」

でも、臨床的にはこの悩みは“性格”だけでは説明できないことが多いです。
特に、ASD・ADHDなどの発達特性が関係しているケースも少なくありません。


「断れない」は“やさしさ”ではなく“神経の反射”で起きることがある

一般に「断れない人」は「やさしい」「真面目」と評価されがちです。
しかし臨床の現場では、次のような脳の特性・神経の反応が影響していることが多くあります。


ASD(自閉スペクトラム症)と断れなさ

ASDの方には、次のような特徴が重なることがあります。

  • 言葉を文字通りに受け取りやすい
  • 暗黙の断り表現が分かりにくい
  • 相手の「期待」「役割」を強く背負ってしまう
  • 責任感が非常に強い

その結果、

「頼まれた=引き受けるべき」
「断る=悪いこと」

という極端なルール化が起こりやすくなります。


ADHD(注意欠如・多動症)と断れなさ

ADHDの場合は別の仕組みが関係します。

  • その場の勢いで即答してしまう
  • 作業量や時間の見積もりが苦手
  • ワーキングメモリが弱く、後から負荷に気づく

つまり、

「引き受けた瞬間はできそうに感じた」
「後で現実に押しつぶされる」

というパターンになりやすいのです。


CPTSD・アダルトチルドレンと断れなさ

トラウマ背景がある方では、さらに別の仕組みが働きます。

  • 断ると見捨てられる感覚
  • 怒られる・責められることへの強い恐怖
  • 相手の機嫌を最優先にしてしまう

これは意志の問題ではなく、
過去の恐怖体験によって条件づけられた“防衛反応”です。

頭で「断ったほうがいい」と分かっていても、
体が先に「YES」と反応してしまうことも珍しくありません。


「断れない人」が引き寄せてしまう関係性の構造

断れない状態が続くと、次のような関係性が固定化しやすくなります。

  • 責任を押し付けられる
  • 無理な要求をされやすい
  • 都合のいい存在になりやすい

重要なのは、

❌ あなたが弱いから搾取される
✅ 境界線の薄さを“見抜く人”が存在する

という点です。
ここを「自分のせい」とだけ捉えてしまうと、自己否定がさらに強まってしまいます。


「HSPで断れない」と「発達障害で断れない」は違う

最近よく使われる「HSP(敏感な気質)」という言葉もありますが、
臨床的には次のように整理できます。

  • HSP型:共感性・感情反応が強い
  • ASD型:社会的文脈・暗黙ルールの処理が苦手
  • ADHD型:衝動性・見積もりの弱さ
  • CPTSD型:恐怖条件づけによる防衛反応

同じ「断れない」でも、原因は人によって全く異なります
そのため、支援の方法も変わってきます。


医療的にできる支援

「断れない性格を直す」という発想ではうまくいきません。
医療としては、次のような支援を組み合わせていきます。

  • 認知行動療法(断り方・境界線の練習)
  • ソーシャルスキルトレーニング
  • 環境調整(仕事量・役割の再設計)
  • 必要に応じた薬物療法(不安・衝動性への調整)

目的は、

「断れない自分を責める」から
「断れる仕組みを一緒に作る」へ

視点を移していくことです。


簡単セルフチェック

以下に当てはまるものはありますか?

  • 頼まれると即OKしてしまう
  • 家に帰ってから強く後悔する
  • 断ると罪悪感が強く出る
  • 相手の機嫌を過剰に気にする
  • 自分の体調より他人を優先してしまう

3項目以上当てはまる場合、
発達特性やトラウマ反応が影響している可能性も考えられます。


まとめ

  • 断れないのは「甘え」ではありません
  • 多くの場合、「脳の特性」「神経の反射」「過去の経験」が関係しています
  • 自分を責め続けるほど、状況は固まってしまいます
  • 支援や環境調整によって、「断れる感覚」は少しずつ取り戻せます

もし「断れないことで苦しくなっている」と感じているなら、
それは“性格の問題”ではなく“仕組みで整えるべき問題”なのかもしれません。


当院でのご相談について

当院では、
発達特性や不安、対人関係の困りごとについて、
心理検査や面接を通してその方の特性に即した整理を行っています。

「診断がつくかどうか」だけでなく、
これからどう生きやすくするかを一緒に考えることを大切にしています。

発達障害の“診断基準外”の症状は、合理的配慮の対象になるのか?

2025.11.26

ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)には、DSM-5という正式な診断基準があります。しかし実際の臨床現場では、診断基準に書かれていないのに、当事者の多くが共通して経験している現象 が少なくありません。

たとえば、

  • APD(聴覚情報処理の困難:声は聞こえるが意味が届かない)
  • DCD(協調運動の困難:靴ひもが結べない、ぶつかりやすい)
  • 時間感覚のズレ(タイム・ブラインドネス)
  • マルチタスク困難、フリーズ
  • 刺激の選別が苦手(雑音で思考が停止する)
  • 感情同定の難しさ(アレキシサイミア)

これらは診断基準には明記されていませんが、日常生活・学校・職場に大きな影響を与える“周辺症状” です。

では、こうした“診断基準外の特性”は 合理的配慮の対象になるのでしょうか?

結論からいえば、多くの場合、対象になります。


■ 合理的配慮は「診断名」ではなく「困りごと」で判断される

合理的配慮の実務では、
「医学的な診断項目を満たしているか」よりも
「生活や学業・業務に具体的な支障があるか」

が最も重要です。

実際、学校や企業が合理的配慮を検討するときの流れは次の通りです。

  1. 本人が困っている具体的な状況
  2. その困難が学習や業務にどう影響しているか
  3. どう調整すれば改善するか

この3つが揃っていれば、診断基準に載らない症状でも配慮の対象になる ことは珍しくありません。


■ APD・DCDはむしろ「配慮の必要性が高い」領域

● APD(聴覚情報処理の困難)

  • 音声は聞こえるのに意味が入らない
  • 複数人の会話になると処理できない
  • 雑音が混ざると指示を理解できない

→ 席の調整、文字情報の併用、静かな環境の確保などの配慮が有効です。

● DCD(協調運動の困難)

  • 手先の作業が極端に難しい
  • 歩行中に人のかかとを踏みやすい
  • 道具操作が遅れる

→ 作業時間の延長、安全な動線、道具の標準化などが役立ちます。

これらはDSM-5のASD/ADHD基準の“外側”ですが、生活機能への影響は非常に大きいため、配慮の対象となるケースが実際には多いのです。


■ 診断基準には載らないが、配慮が必要になりやすい特性

以下は、診断基準外であっても、合理的配慮として調整されることが多い“典型的な困難”です。


① 時間感覚のズレ(タイム・ブラインドネス)

  • 5分後が想像できない
  • 締切の実感がない
  • 時間の流れが人と違う

→ タスクの細分化、スケジュール可視化が有効。


② 刺激の選別が苦手

  • 雑音があると処理不能
  • カフェやオープンスペースで集中できない
  • 周囲の声や動きに意識を持っていかれる

→ 環境調整、席順配慮、ノイズ軽減が役立つ。


③ マルチタスク困難・フリーズ

  • 作業と会話を同時にすると破綻する
  • 切り替えの瞬間に固まる
  • 頭が真っ白になり言葉が出ない

→ 作業環境の整理、単一タスク化で改善する場合が多い。


④ 感情の“名前がわからない”:アレキシサイミア

  • 自分の状態を言語化できない
  • ストレスが身体症状として先に出る
  • 対話型の支援が難しいこともある

→ 記録・チャート・チェックリストで可視化すると支えやすい。


■ 合理的配慮として認められるかどうかの基準

以下のいずれかに当てはまれば、合理的配慮の検討対象となります。

  • 困難が反復的で、生活機能の妨げになっている
  • 本人の努力だけでは改善が難しい
  • 認知・感覚の特性として説明がつく
  • 学業・業務で不利益が生じている
  • 第三者が見ても必要性が合理的に説明できる

つまり、“診断基準外だから対象にならない”ということはない のです。


■ まとめ

発達障害の周辺症状は、診断名以上に本人の生活を左右します。
合理的配慮は、本来こうした“現実の困りごと”を拾い上げる仕組みです。

  • APD
  • DCD
  • タイム・ブラインドネス
  • フリーズ
  • 刺激の選別困難
  • 感情の同定困難

これらはすべて、日常生活や学業・仕事に支障があれば、合理的配慮の対象になりうる領域 です。

診断名はあくまで枠組み。
その外側にも、多くの“生きづらさ”と“支援の必要性”があります。

発達障害の診断基準に載らない“しんどさ”とは?|APD・DCDなど当事者の意外な困りごと

2025.11.26

発達障害の診断基準には載らないのに、多くの当事者が「これが一番しんどい」と感じる現象を解説します。APD・DCDなどの特性や、検査では捉えにくい日常の困りごとを丁寧に整理し、理解を深めるためのポイントを紹介します。

はじめに

ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)にはDSM-5という明確な診断基準があります。
しかし臨床の現場では、診断基準には書かれていないのに、当事者の多くが共通して経験している“生活上の困りごと” が少なくありません。

むしろ、こうした“基準外の症状”こそが、日常生活の質を大きく左右することがあります。

この記事では、医療機関での支援経験と当事者の語りの両方から、代表的な現象を整理していきます。


1|聴覚情報の「抜け落ち」:APD(聴覚情報処理の困難)

「声は聞こえているのに、意味が届かない」
「複数人の会話になると、会話に入れない」

こうした訴えは非常に多いものの、APD(Auditory Processing Difficulties)という概念はDSM-5の診断基準には含まれていません

典型例は以下のようなものです。

  • 騒がしい空間で会話が分からなくなる
  • 相手の言葉が“音のまま”で、意味処理が追いつかない
  • 会議や授業で指示を聞き逃しやすい

診断名というよりも、“脳の情報処理の特性の一つ”と捉えたほうが理解しやすい領域です。


2|手先や身体のぎこちなさ:DCD(発達性協調運動障害)

DCDもDSM-5では独立した診断名ですが、ASDやADHDの方が周辺的に持っているケース が多く見られます。

生活ではこんな困りごととして現れます。

  • 靴ひもがうまく結べない
  • 人と歩くとつい“かかとを踏んでしまう”
  • ボールの距離感がつかめない
  • 大人でも字を書くとすぐ手が疲れる

学校生活や仕事の細かな場面でストレスとして蓄積しやすい領域です。


3|診断基準には書かれないけれど圧倒的に多い日常の困りごと

以下はDSM-5のASD・ADHD基準には明記されていませんが、当事者の多くが訴える“典型的な周辺症状”です。


(1)時間感覚のズレ(タイム・ブラインドネス)

  • 5分の感覚が人より長く/短く感じる
  • 締め切りが近づいても実感が湧かない
  • “未来の自分”を想像しにくい

ADHDの実行機能の弱さと関連します。


(2)刺激の「選別」が苦手

  • 騒音・光・匂いなどの複数刺激を同時に処理すると負荷が跳ね上がる
  • 図書館は得意だが、オープンスペースは苦手
  • 会話と周囲の雑音が混ざって聞こえてしまう

ASDの感覚処理特性とも重なる部分です。


(3)マルチタスクで“思考が止まる”

  • 作業と会話を同時にすると処理が破綻する
  • 順番を切り替えようとした瞬間に固まる
  • 頭が真っ白になり、言葉が出ない

「フリーズ」と表現される場合もあります。


(4)感情の“名前が分からない”:アレキシサイミア

  • 自分の感情がよく分からない
  • 身体症状として先に出る(頭痛、動悸、胃の痛みなど)
  • カウンセリングで何を話したらいいのか分からない

当事者では非常によく見られる特徴です。


(5)表情・距離感の微妙な読み違い

  • 相手の表情を“読みすぎる”
  • またはほとんど拾えない
  • 人との距離感がうまくつかめず、近すぎたり遠すぎたりする

社会生活に出てから悩みとして表面化しやすいテーマです。


(6)“スイッチが入らない”状態

  • 必要なことほど、手がつかない
  • やる気の問題ではなく、脳の実行機能が働きにくい
  • 特にストレス状況では顕著

ADHDの特徴として語られますが、診断基準には含まれません。


4|これらは“病気の症状”か?

結論からいうと、多くは脳の情報処理の特性 であり、
「病気だから起こる現象」ではありません。

発達障害の診断基準は、生活での困難を説明するための“フレーム”に過ぎません。
実際の生活では、もっと多彩で個別的な現象が現れます。

そのため、支援には次のような視点が不可欠です。

  • 個々の特性に合わせた環境調整
  • 過度な刺激を減らす工夫
  • タスクの構造化
  • 音声より文字情報で補う方式
  • 行動と感情の可視化

「診断名」よりも「生活の困りごと」を中心に支援する方が実践的です。


5|おわりに

診断基準に載らない困りごとは、本人にも周囲にも理解されにくいものです。
しかし、当事者の語りを丁寧に聴くと、そこに共通したパターンが多く存在します。

発達障害は“診断名”ではなく、脳の情報処理の多様性として理解することで、
日常生活の工夫や支援の方向がぐっと見えやすくなります。

カフェインを使うADHDの戦略

2025.11.22

ADHDと聞くと、「多動」「不注意」「衝動性」が有名ですが、
実際の生活の中で多くの人が悩むのは、もっとシンプルな感覚です。

“脳のスイッチが入らない時間帯がある”
“やる気がなくなる谷が突然くる”

この「覚醒の波の不安定さ」が、仕事や勉強のしづらさにつながっていることがあります。

そんなとき、自然に手が伸びるのが コーヒーやお茶、エナジードリンク といったカフェインです。
実はこれ、「怠け」でも「依存体質」でもなく、
多くのADHDの人が生きていく中で見つけてきた、**ごく合理的な“調整の方法”**です。

本記事では、「カフェインを“戦略”として使う」という視点から、
実践的なコツや注意点を整理してみたいと思います。


■ 1.ADHDの人がカフェインを求めやすい理由

ADHDの人には、次のような特徴がよく見られます。

  • 朝、スイッチが入りづらい
  • 午後に突然エネルギーが落ちる
  • “やる気”ではなく、“覚醒レベル”が落ちてくる
  • 机に向かう前の「始めるまでの壁」が分厚い

こうした状態は、意志や根性の問題ではありません。
単純に “脳の立ち上がり”が一貫しない のです。

だからこそ、刺激物であるカフェインが“ちょうどよく働く瞬間”があります。
これは「依存」ではなく、むしろ 自己調整の試行錯誤 といえます。


■ 2.カフェインは“万能薬”ではないが、道具としては優秀

カフェインは治療薬ではありません。
しかし、日常のなかでは次のような助けになることがあります。

  • 眠気を軽くし、作業へ入りやすくする
  • 朝の立ち上がりを整える
  • 午後の“谷”を少し持ち上げる
  • ルーティンのリズムを作りやすくする
     (例:コーヒーを淹れたら仕事を始める、など)

つまりカフェインは 「脳のスイッチを入れるための小さな補助輪」 のような存在です。


■ 3.失敗しやすいポイント(よくある“落とし穴”)

ADHDの人は、以下のような形でカフェインを「失敗の方向」に使ってしまうことがあります。

● ① 夕方以降にも飲んでしまう

→ 寝つきが悪くなり、翌日さらに集中しづらくなる。

● ② エナジードリンクを“常用”する

→ 量が増えやすく、反動が大きい。

● ③ イライラ・不安が強くなるタイプなのに飲む

→ カフェインが逆効果になってしまう。

● ④ 朝すぐ飲む

→ 一見良さそうだが、身体がまだ覚醒していないため効き方が不安定。

カフェインは使い方次第でメリットにもデメリットにもなります。


■ 4.ADHDのための「カフェイン戦略」5つのコツ

① “目的”を決めて使う

ただなんとなく飲むのではなく、
「今から作業を始める」
「午後の谷を越えたい」
といった“使う理由”を決めると効果が安定します。


② 朝は「起床後90~120分」が最適

カフェインの飲むタイミングとして、
起床直後よりも、1.5〜2時間後の方が覚醒リズムが整いやすい ことがあります。

寝起きは体のホルモンバランスが不安定で、
このタイミングで飲むと「効くときと効かないときの差」が出やすいのです。


③ 午後の“谷”にピンポイントで使う

多くのADHDの人に共通するのが 13〜15時の落ち込み
眠くなり、作業効率がガクッと下がる時間です。

この時間帯のカフェインは“戦略的に”動作しやすい。


④ 16時以降は原則避ける

夕方以降のカフェインは
睡眠リズムの乱れ → 翌日の集中力低下
につながりやすい。

ADHDの人ほど「睡眠の影響を受けやすい」ため、
夜間のカフェインはデメリットが大きいことが多いです。


⑤ 量をコントロールする(200〜300mg/日目安)

  • コーヒー1杯:80〜100mg
  • エナジードリンク1本:100〜150mg
  • お茶は少なめ

「効くから」と量が増えていくのがADHDの人の“あるある”なので、
あえて上限を決めておく のが安全です。


■ 5.どんな人は“カフェイン戦略”と相性が良い?

  • 朝のスイッチが入りづらい
  • 昼過ぎに“谷”が来るタイプ
  • 不安よりも眠気・だるさが主訴
  • ADHD薬を使っていない方
  • リズムの自己調整が得意な人

こうした場合は、カフェイン戦略は「生活の整え方のひとつ」になりやすいです。


■ 6.逆に、相性が悪いのは?

  • 不安が強い
  • 動悸が出やすい
  • 睡眠がすでに不安定
  • 夕方に必ず飲みたくなる
  • エナジードリンクを習慣的に使っている

こうした場合は カフェインよりも睡眠調整や心身の安定を優先する方が楽になる ことがあります。


■ 7.まとめ

ADHDにとってカフェインは、
「依存」でも「万能薬」でもなく
日常の中で自分のリズムを整えるための小さなツールです。

  • 使いどころ
  • 飲む量
  • 飲む時間

この3つだけ押さえれば、カフェインは“味方”として働きます。

もし、「量が増え続ける」「睡眠が乱れる」「不安が悪化する」などがある場合、
無理に続けようとせず、一度立ち止まることも大切です。

心療内科の診断書は“どの段階で”もらえる?福岡市内で受診を検討している方へ

2025.11.22

いつ、どのようにして診断書が作成されるのか──医師が丁寧に解説します

福岡では、職場・学校・行政手続きなどで「急に診断書が必要になった」という相談が増えています。
実際、提出期限が迫り焦って受診される方も多く、

  • 休職・欠勤のため
  • 大学や高校への提出物
  • 職場の産業医から指示があった
  • 就職活動・実習の延期のため

など背景は様々です。

本記事では“診断書がどのタイミングで作成可能なのか”を医師の立場から正確に解説します。
(※当院特有の話ではなく、福岡の心療内科で一般的に行われている流れを基にまとめています。)


1. 心療内科の診断書は「初診で作成できるのか?」

結論から言うと、
医学的に必要と判断できる場合、初診で診断書を作成することはあります。
ただしこれは「すべての方が当日作成できる」という意味ではありません。

診断書は医学的判断を伴う文書であり、
症状の評価・生活への支障・職場/学校での状況を把握する必要があります。

▶ 初診で診断書作成が“可能になる”ケース

  • 明確な症状がすでに出ている
  • 生活や業務に支障がある程度把握できる
  • 職場または学校から受診を求められた
  • 過去の治療歴があり、情報が揃いやすい
  • 相談内容が具体的で医学的評価が成立する

▶ 初診では作成が難しいケース

  • 診断名の確定に時間が必要
  • 観察や追加問診が必要な状況
  • 休職期間や業務制限の判断がつきにくい
  • 相談内容が曖昧で評価が困難

重要なのは、「すぐ書けるかどうか」ではなく
医学的に正確な判断ができるかどうかです。


2. 診断書が必要な方に多い相談内容

福岡の心療内科で実際に寄せられる相談には、次のようなものがあります。

  • 「急に欠勤してしまい、明日までに提出が必要」
  • 「産業医から診断書を持ってくるように言われた」
  • 「学校から受診を促された」
  • 「実習に行けず、延期のために必要」
  • 「家で寝られず、気分の落ち込みが強くなった」

急な提出期限に追われている方も多く、受診前から強い不安を抱えていることが少なくありません。


3. 診断書作成までの一般的な流れ(福岡の場合)

ここでは福岡の心療内科でよくある流れをまとめます。

① 事前相談(電話・LINE・Web問診)

初診の前に簡単に困りごとを伺います。
提出期限が近い場合も含め、状況を整理することができます。

② 初診

医師が以下を評価します:

  • 現在の症状
  • 生活への支障
  • 職場・学校での困難
  • 不眠・食欲・集中の変化
  • 既往歴・服薬歴

必要に応じて、オンライン診療での対応も可能です。

③ 医学的に必要と判断した場合、診断書作成へ

診断書の内容(期間・配慮事項)について、本人と一緒に確認します。
※休職期間の判断が難しい場合は、経過観察後に作成することがあります。

④ お渡し

紙の診断書として発行します。


4. 福岡でよく求められる診断書の種類

  • 職場の休職・復職に関する診断書
  • 欠勤証明
  • 大学・高校・専門学校への提出書類
  • 実習・授業の参加可否に関する書類
  • 傷病手当金の申請書類

内容に応じて、作成に必要な情報が異なります。


5. よくある質問(FAQ)

Q1. 診断書の費用はどれくらいですか?

→ 自費の文書料としてクリニックごとに定められています。

Q2. オンライン診療でも診断書は可能ですか?

→ 内容によっては可能です。
 ただし、休職期間の判断など、対面受診が必要な場合もあります。

Q3. 「すぐ書いてほしい」は可能ですか?

必要と判断される場合には個別に対応いたします。
 


6. 最後に──急いでいる方へ

診断書は、急な提出期限が迫っていると、とても焦りやすいものです。
しかし、診断書は医学的な評価に基づいて作成される文書であり、
「書ける/書けない」は症状と状況によって異なります。

当院では、
できる限り丁寧に状況をお聞きし、医学的に判断できる範囲で支援します。

まずはLINEやお電話でご相談いただければ、
受診の流れをスムーズにご案内できます。

「叱らない子育て」で家庭が不安定になる理由──社会的フィードバックと自我境界の発達

2025.11.17

「叱らない子育て」で狂ってしまった親子関係をたくさんみてきた。

とある精神科医の先生のツイートがバズっています。

否定語を使わない、子どもの気持ちを尊重する、親が怒らない──こうした姿勢自体は、たしかに子どもの安心感を育む上でとても大切です。

しかし臨床の現場では、“叱らない”“制止しない”“境界を示さない”というスタイルが続くことで、かえって家庭が不安定になっていくケースを数多く経験します。

それは親が悪いわけでも、子どもが悪いわけでもありません。
「社会的フィードバック」「自我境界の発達」 という、人の成長に不可欠な仕組みが働かなくなるからです。

この構造を、少し丁寧に説明していきます。


1. 子どもは“外界とのやり取り”で世界を学ぶ

私たち大人は、
「これは危険なんだ」
「これは相手が嫌がるんだ」
「ここまでは許されるんだ」
という“外界のルール”を日常的なやり取りの中で自然に学んできました。

これを発達心理学では 社会的フィードバック(social feedback) と呼びます。

  • 親の表情
  • 声のトーン
  • 止める・制止する
  • 叱る・説明する
  • 「それはダメ」「これはOK」という線引き

こうした反応を通じて、子どもは 「自分と他者は違う存在」 であり、
「他者にも独自の基準や感情がある」 ことを理解していきます。

これは 自我境界(self–other boundary) の発達そのものです。


2. “叱らない”が続くと、フィードバックが不足する

ところが、叱らない・制止しない・曖昧に終わらせる子育てが続くと、
子どもは「外界の反応」を手がかりにできなくなります。

例えば、

  • 危険行動を止めてもらえない
  • 他者が不快に感じても、そのサインが返ってこない
  • 「良い・悪い」の境界がわからない
  • 行動の可否が日によって変わる

こうした環境では、子どもは

“世界のルールが見えない”

という状態に置かれます。

世界の法則性がつかめないと、
子どもは自分の内部で“独自ルール”を作ってしまったり、
突然の変化に強い不安を感じやすくなります。


3. 境界が示されないと、子どもの心は不安定になる

自我境界は「他者との距離感」を学ぶための基盤です。
ところが境界が曖昧だと、次のようなことが起きます。

◆ 自分の気持ちと他者の気持ちが混ざる

自分の欲求が通らないとき、「拒絶された」と過剰に受け止めることがあります。

◆ 他者の基準が読み取れない

相手が何を嫌がるのか予測できず、対人不安が強まります。

◆ ルールが自分の中だけで完結してしまう

周囲との摩擦が増え、トラブルが起こりやすくなります。

境界が存在しない世界では、
子どもは「世界が突然変わるように感じる」ため、
家族内の怒り・不安・混乱も増えやすいのです。


4. 子どもが落ち着くのは“境界が設定されているとき”のことが多い

臨床でよく見かける印象的な現象があります。

「ダメな時はダメ」と明確に示した方が、子どもが落ち着く。

怒鳴る必要はありません。
理不尽に叱りつける必要もありません。

ただ、

  • 危険な行動は止める
  • 人を傷つける行動は制止する
  • “家庭や学校のルール”を一貫して伝える

こうした “境界の明示”は、子どもにとって“世界の地図”になる のです。


5. では、どう叱ればよいのか?

叱る=怒鳴る ではありません。

子どもの発達に必要なのは 「情報としての叱り」 です。

  • 何が危険なのか
  • どこまでOKで、どこからがダメなのか
  • なぜ止めるのか
  • 親の気持ちはどうか
  • 他者はどんなふうに感じるのか

これを穏やかに、しかし明確に伝えます。

◆ ポイント

  • 一貫性(日によって対応を変えない)
  • 短く具体的に(抽象説明は伝わりにくい)
  • 境界は大人側が決める

子どもに判断を委ねすぎると、逆に負荷が大きすぎて不安定になります。


6. “叱らない子育て”の本当の危険性とは何か

それは、

子どもが外界のルールを学ぶ機会が失われ、
自我境界が育たず、
最終的に家庭が不安定化する点にある。

叱る・制止する・線を引くことは、
子どもの心を守るための大切な発達支援です。

親が我慢して怒らないことが「優しさ」ではありません。

世界の法則性を教えることこそが、
子どもにとって最大の安心につながる
のです。


おわりに

“叱らない育児”という言葉の “叱らない”だけ に着目してしまうと、
子どもの世界に必要な境界が見えにくくなってしまいます。
多くの場合、それは 「子どもを傷つけたくない」 という深い愛情から生まれた選択です。
けれど、その愛情が 境界の提示という重要な役割を奪ってしまう危険性 があることを、この記事ではお伝えしました。

臨床の現場で数多くのご家庭を拝見していると、
境界が欠けると、子どもの内側に“世界の地図”が育たず、結果として家庭全体が不安定化する
という共通の構造が浮かび上がってきます。

子どもの心は、優しさだけでは安定しません。
優しさと境界。
この二つがそろって初めて、子どもの発達は安心して進んでいくのだろうと思います。

「粋」と「野暮」は発達特性とどう関係するのか― ASD臨床から見える“日本的センス”の正体 ―

2025.11.16

■はじめに

日本の文化には、「粋(いき)」と「野暮(やぼ)」という、
行動やふるまいの“質”を評価する独特の概念があります。

この言葉は、一見すると伝統文化や江戸の美意識の話のように見えますが、
実は現代のコミュニケーションや働き方に深く影響している“心理的スキル” でもあります。

そしてこの概念、
発達特性──特に ASD(自閉スペクトラム症) を持つ人にとって
「扱いにくいが、構造化すればとても役に立つ」
という、興味深い性質を持っています。

本記事では、
精神科臨床で日々感じている視点から、
“粋”“野暮”と発達特性の交差点を、できるだけ丁寧に紐解いていきます。


■「粋」と「野暮」はなぜ難しいのか

まず前提として、これらは明確な定義がない概念です。

  • 同じ言動でも「粋」と評価されることもあれば「野暮」と言われることもある
  • 場の空気、関係性、温度感で評価が変わる
  • 「言わない」「やらない」の美学が前提にある

つまり、“暗黙の文脈を読む文化”。

これはASDの特性(DSM-5でいう「非言語的コミュニケーションの困難」)と
かなり衝突します。

「空気を読む」「裏の意図を汲む」という前提が強すぎるからです。


■しかし、粋は“構造化”すれば扱える

ここからが本題です。

実は「粋」は、
“センス”ではなく“戦略”に分解できる

粋の本質を行動原理に落とし込むと、以下の四つになります。

  1. 過剰に主張しない(リソースを節約する)
  2. 相手の自由を奪わない(境界線の尊重)
  3. 必要なときだけ動く(最適なタイミング)
  4. 余白を作る(情報処理の負荷を調整する)

これはもはや「空気読み」ではなく、
合理的な行為の最適化です。

ASDの方が苦手とされる“曖昧な行間”から、
「構造」「原理」「再現性」 の領域へと翻訳するイメージです。


■ASDの方にこそ“粋の原理”は便利になる

私は臨床で、ASDの方が
一度ルール化されたコミュニケーションを扱いだすと、
むしろ一般の人より精度が高くなる
ことを何度も見てきました。

– 余計な説明を足さない
– 必要なときだけ言う
– 相手の判断を尊重する
– 境界線を明確にする

これらはすべて“粋の原理”と一致します。

つまり、
粋は「暗黙知の世界観」にあると難しいが、
「行動原則」に変換するとものすごく扱いやすい」

実際、ASDの人が“粋の原理”を取り入れると、
人間関係の摩擦が減り、
「運がいい」と感じる確率が上がることすらあります。


■“野暮”は何か

逆に「野暮」は、簡単に言えば次の三つです。

  1. やりすぎる
  2. 押しすぎる
  3. 相手の自由を奪う

ASDの方のコミュニケーションが
一部の場面で“誤解される”背景にも、
この三つが影響している場合があります。

ただし、これもまた
ルール化すれば改善可能な領域です。


■“運をコントロールする”という視点

運は「偶然」ではなく、
心理学的には次の三つの積です。

  1. 確率
  2. タイミング
  3. 関係性の摩擦コスト

粋の原理は、この三つ全てに作用します。

  • 無駄を減らす → 確率が変わる
  • 動く時を選ぶ → タイミングが合う
  • 相手の自由を尊重する → 関係の摩擦が減る

これらは結果的に
“運が良いように見える”状態を作るのです。


■まとめ

  • 「粋/野暮」はASDの方にとって扱いが難しい
  • しかし、それは“暗黙知”として扱うから難しいだけ
  • 原理まで下ろせば、むしろ扱いやすい“行動戦略”になる
  • 粋=余白・引き算・適切な距離
  • 野暮=過剰・押しすぎ・相手の自由を奪う
  • 粋の原理は“運の流れ”にも影響する

精神科医は自分を治せない。占い師は自分を占えない。

2025.10.17

「心のプロなら、自分の心も上手に扱えるはず」
そう思われることがあります。

でも現実は、精神科医も自分のメンタルで悩みます。
占い師も、人生の大事な場面では誰かに占ってもらいます。

これは「プロでも意外とダメなんだよ」という話ではありません。
人間の心には“構造的な限界”があるという話です。


■ なぜ人は「自分のこと」だけ客観視できないのか?

① 感情は“体験としてくっついている”から

他人の悩みであれば、少し距離を置いて考えられます。
けれど自分の悩みになると、感情が直接ぶつかってきます。

  • イライラ
  • 不安
  • 恐れ

これらは“分析する対象”ではなく“体験そのもの”として押し寄せます。
その瞬間、「考える」より先に「反応」してしまう。


② 認知バイアスと防衛機制が働く

人は、見たくないものを無意識に避けます。
都合のいいように解釈することもあります。

  • 「本当はつらい」と気づかないようにする
  • 「これくらい大丈夫」と思い込む
  • 「自分は悪くない」と自分を守る

心には自己防衛の仕組みが組み込まれています。
それは生き延びるために必要な機能です。
でも同時に、自分を正しく評価することを妨げます。


③ “自分”という対象だけルールが変わる

他人を理解するときには論理や知識を使えます。
でも「自分」を理解しようとした途端、感情・記憶・価値観などが混ざり合い、
主観と客観の境界が崩れます。

いわば、

自分で自分の目を見ることはできない
という状態です。


■ プロですら例外ではありません

● 精神科医の場合

精神科医は病気の診断基準であるDSM-5や治療理論を知っています。
でもそれは「他人を診るための道具」です。

いざ自分が苦しい時にはこうなります:

  • 「これは病気なのか?それとも甘えなのか?」
  • 「患者さんにこんなこと言ってるくせに、自分は…」
  • 「医者なのに助けを求めていいのか?」

感情・責任・プライドが入り込み、冷静な判断が難しくなります。
だから精神科医も、別の医師に相談します。


● 占い師の場合

占いは象徴やカードを読み解く技術です。
しかし、“自分の未来”がかかった瞬間、解釈が濁ります。

  • 「これは悪い結果…でもきっと違う意味かも?」
  • 「こうなってほしい」という願望が入り込む
  • 「怖いから、見たくない」

その結果、正確に読むことができなくなります。

だから占い師も、人生の岐路では他の占い師を頼ります。


■ 共通点:人間は“鏡”なしでは自分を見られない

精神科医も、占い師も、実は「他者の心を映す鏡」として機能しています。
ですが、鏡は自分自身を映せません。

  • 自分の感情を整理するには、他者の視点が必要
  • 自分の思考のクセを知るには、誰かに言葉を返してもらう必要がある
  • 自分の価値観を再構成するには、対話というプロセスが必要

心の問題は、“一人で”扱うように設計されていません。


■ ここが核心:

「助けを借りること」は弱さではなく、“構造的に正しい”

人間は、自分の心を100%客観視できないようにできています。
これは「意志の弱さ」でも「知識の不足」でもありません。

脳と心の構造上の限界です。

だから、

  • 「自分でなんとかしなきゃ」
  • 「迷惑をかけたくない」
  • 「こんなの自力で解決できるはず」

という考えは、とても尊い努力ですが――
科学的には、非効率で、時に危険です。


■ 終わりに:あなたに伝えたいこと

精神科医ですら、一人で自分を治すことはできません。
占い師ですら、一人で自分を占うことはできません。

それは“能力が足りない”からではなく、
人間の心が「そういう構造」でできているからです。

だから、あなたも「自分でどうにかしなきゃ」と思わなくて大丈夫です。
一人で抱え込まないことは、弱さではなく“合理的な選択”です。

心を映す鏡として、
思考を整理する相棒として、
メンタルクリニックをご利用ください。