2025年10月のブログ記事一覧
精神科医は自分を治せない。占い師は自分を占えない。
2025.10.17
「心のプロなら、自分の心も上手に扱えるはず」
そう思われることがあります。
でも現実は、精神科医も自分のメンタルで悩みます。
占い師も、人生の大事な場面では誰かに占ってもらいます。
これは「プロでも意外とダメなんだよ」という話ではありません。
人間の心には“構造的な限界”があるという話です。
■ なぜ人は「自分のこと」だけ客観視できないのか?
① 感情は“体験としてくっついている”から
他人の悩みであれば、少し距離を置いて考えられます。
けれど自分の悩みになると、感情が直接ぶつかってきます。
- イライラ
- 不安
- 恐れ
- 恥
これらは“分析する対象”ではなく“体験そのもの”として押し寄せます。
その瞬間、「考える」より先に「反応」してしまう。
② 認知バイアスと防衛機制が働く
人は、見たくないものを無意識に避けます。
都合のいいように解釈することもあります。
- 「本当はつらい」と気づかないようにする
- 「これくらい大丈夫」と思い込む
- 「自分は悪くない」と自分を守る
心には自己防衛の仕組みが組み込まれています。
それは生き延びるために必要な機能です。
でも同時に、自分を正しく評価することを妨げます。
③ “自分”という対象だけルールが変わる
他人を理解するときには論理や知識を使えます。
でも「自分」を理解しようとした途端、感情・記憶・価値観などが混ざり合い、
主観と客観の境界が崩れます。
いわば、
自分で自分の目を見ることはできない
という状態です。
■ プロですら例外ではありません
● 精神科医の場合
精神科医は病気の診断基準であるDSM-5や治療理論を知っています。
でもそれは「他人を診るための道具」です。
いざ自分が苦しい時にはこうなります:
- 「これは病気なのか?それとも甘えなのか?」
- 「患者さんにこんなこと言ってるくせに、自分は…」
- 「医者なのに助けを求めていいのか?」
感情・責任・プライドが入り込み、冷静な判断が難しくなります。
だから精神科医も、別の医師に相談します。
● 占い師の場合
占いは象徴やカードを読み解く技術です。
しかし、“自分の未来”がかかった瞬間、解釈が濁ります。
- 「これは悪い結果…でもきっと違う意味かも?」
- 「こうなってほしい」という願望が入り込む
- 「怖いから、見たくない」
その結果、正確に読むことができなくなります。
だから占い師も、人生の岐路では他の占い師を頼ります。
■ 共通点:人間は“鏡”なしでは自分を見られない
精神科医も、占い師も、実は「他者の心を映す鏡」として機能しています。
ですが、鏡は自分自身を映せません。
- 自分の感情を整理するには、他者の視点が必要
- 自分の思考のクセを知るには、誰かに言葉を返してもらう必要がある
- 自分の価値観を再構成するには、対話というプロセスが必要
心の問題は、“一人で”扱うように設計されていません。
■ ここが核心:
「助けを借りること」は弱さではなく、“構造的に正しい”
人間は、自分の心を100%客観視できないようにできています。
これは「意志の弱さ」でも「知識の不足」でもありません。
脳と心の構造上の限界です。
だから、
- 「自分でなんとかしなきゃ」
- 「迷惑をかけたくない」
- 「こんなの自力で解決できるはず」
という考えは、とても尊い努力ですが――
科学的には、非効率で、時に危険です。
■ 終わりに:あなたに伝えたいこと
精神科医ですら、一人で自分を治すことはできません。
占い師ですら、一人で自分を占うことはできません。
それは“能力が足りない”からではなく、
人間の心が「そういう構造」でできているからです。
だから、あなたも「自分でどうにかしなきゃ」と思わなくて大丈夫です。
一人で抱え込まないことは、弱さではなく“合理的な選択”です。
心を映す鏡として、
思考を整理する相棒として、
メンタルクリニックをご利用ください。
リワークとは ― 職場復帰を支えるリハビリプログラム
2025.10.07
リワークとは?
「リワーク(Rework)」とは、うつ病や適応障害、発達障害などの精神的な不調で休職した方が、職場復帰に向けて行うリハビリプログラムのことを指します。
医療機関や地域のリワーク支援施設で実施され、通院治療だけではカバーしきれない「仕事に戻るための準備」を整える役割があります。
リワークの目的
リワークの大きな目的は以下の3点です。
- 生活リズムの安定
休職中は昼夜逆転や不規則な生活になりがちです。リワークを通じて規則正しい生活を取り戻します。 - 仕事に必要な集中力・持続力の回復
長時間の業務に耐えられるよう、段階的に作業時間を伸ばしていきます。 - 対人関係スキル・ストレス対処法の習得
職場で再び人間関係のストレスを受けても対応できるよう、グループワークや心理教育を行います。
リワークで行う内容
施設によって違いはありますが、代表的なプログラムには次のようなものがあります。
- 朝のミーティング・日報作成
- 認知行動療法を基盤とした心理教育
- 集中トレーニング(読書・PC作業・軽作業など)
- グループディスカッション
- 運動やリラクゼーション
- 模擬出勤や職場復帰に向けたシミュレーション
リワークの対象となる人
- うつ病や適応障害で休職中の方
- 発達障害や不安障害などで、就労継続に困難を感じている方
- 復職後すぐに再休職してしまった方
医師の診断・主治医の紹介が必要となることが多く、利用には医療保険や自立支援医療制度が適用される場合もあります。
リワークの効果と再休職予防
研究によれば、リワークを経て復職した方は、再休職率が低下することが報告されています。
単なる「復職」ではなく、「持続的に働き続けられること」を目指せるのが、リワークの大きな価値です。
まとめ
- リワークとは、休職から職場復帰までをサポートするリハビリプログラム。
- 生活リズム、集中力、対人スキルの回復を目的とする。
- 医療機関や専門施設で実施され、再休職を予防する効果がある。
精神的な不調からの職場復帰は、治療だけでなく「社会復帰のリハビリ」が欠かせません。
リワークを活用することで、安心して職場に戻り、長く働き続けるための力を取り戻すことができます。
リモートワークは“距離の問題”ではない——現場を知らずに語ることの危うさ
2025.10.05
近年、転職市場では「リモートワーク可」が働き方の前提条件のように語られることが増えました。
もちろん、リモート自体が悪いわけではありません。
むしろ、育児や介護、体調などの事情を抱えながらも働き続けられる手段として、リモート環境の整備は社会的に重要です。
ただし、私は一つだけ、どうしても引っかかることがあります。
「リモートワークを希望する人」が、一度も現場に足を運んだことがないままその働き方を前提にしているケースです。
そこには、距離そのものよりも深刻な問題——“現場への敬意の欠如”が潜んでいると感じます。
■ 「現場」は単なる作業場所ではない
私は精神科医として、日々、診察室で人と向き合っています。
患者さんの言葉は、文面だけを読んでも意味を成しません。
声のトーン、沈黙の長さ、目の動き——その“間”にこそ、最も大事な情報が隠れている。
同じように、どんな職種であっても「現場」には、言葉にならない“文脈”が流れています。
作業効率やタスク管理では拾いきれない、暗黙知や関係性のダイナミクスです。
それを知らずにリモートで仕事を完結させようとするのは、まるで患者を診ずにカルテだけで診断を下す医者のようなものです。
■ 上流と下流のナラティブを知らずに仕事はできない
現場を経験せずに働く人の多くは、自分の仕事の“前後”を想像しにくい。
たとえば、企画職が営業現場を知らずに戦略を立てれば、数字は整っても魂が抜ける。
逆に、オペレーション側が経営の視座を理解しなければ、効率化は単なる消耗戦になる。
リモートが成立するのは、上流と下流の物語を行き来できる人だけです。
それは「現場を知る」という単純な経験の積み重ねに他なりません。
■ 距離をとることは悪ではない。ただし、物語を共有しているなら。
私は、リモートワークを否定したいわけではありません。
むしろ、信頼が構築され、ナラティブを共有できているチームにおいては、
物理的な距離がある方が、創造的な対話が生まれることすらあります。
問題は、“距離をとること”ではなく、“物語を共有せずに距離をとること”です。
現場に立ったことのない人が、現場を想像せずに働くと、
そこに生まれるのは「効率化」ではなく「断絶」です。
■ 結び:「現場を尊重できる距離」を選ぼう
これからの時代、リモートかオフィスかという二項対立は意味を失っていくでしょう。
問うべきは、
「あなたは、どのくらい現場を理解してから距離をとりますか?」
ということです。
リモートとは“距離の取り方”ではなく、関係性の設計そのものです。
現場を一度でも見たことのある人だけが、
その距離の取り方を成熟したものにできる。
だから私は今も、「現場を知らないままリモートを語る」ことにだけは、
静かな違和感を覚えるのです。

