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2025年11月のブログ記事一覧

「粋」と「野暮」は発達特性とどう関係するのか― ASD臨床から見える“日本的センス”の正体 ―

2025.11.16

■はじめに

日本の文化には、「粋(いき)」と「野暮(やぼ)」という、
行動やふるまいの“質”を評価する独特の概念があります。

この言葉は、一見すると伝統文化や江戸の美意識の話のように見えますが、
実は現代のコミュニケーションや働き方に深く影響している“心理的スキル” でもあります。

そしてこの概念、
発達特性──特に ASD(自閉スペクトラム症) を持つ人にとって
「扱いにくいが、構造化すればとても役に立つ」
という、興味深い性質を持っています。

本記事では、
精神科臨床で日々感じている視点から、
“粋”“野暮”と発達特性の交差点を、できるだけ丁寧に紐解いていきます。


■「粋」と「野暮」はなぜ難しいのか

まず前提として、これらは明確な定義がない概念です。

  • 同じ言動でも「粋」と評価されることもあれば「野暮」と言われることもある
  • 場の空気、関係性、温度感で評価が変わる
  • 「言わない」「やらない」の美学が前提にある

つまり、“暗黙の文脈を読む文化”。

これはASDの特性(DSM-5でいう「非言語的コミュニケーションの困難」)と
かなり衝突します。

「空気を読む」「裏の意図を汲む」という前提が強すぎるからです。


■しかし、粋は“構造化”すれば扱える

ここからが本題です。

実は「粋」は、
“センス”ではなく“戦略”に分解できる

粋の本質を行動原理に落とし込むと、以下の四つになります。

  1. 過剰に主張しない(リソースを節約する)
  2. 相手の自由を奪わない(境界線の尊重)
  3. 必要なときだけ動く(最適なタイミング)
  4. 余白を作る(情報処理の負荷を調整する)

これはもはや「空気読み」ではなく、
合理的な行為の最適化です。

ASDの方が苦手とされる“曖昧な行間”から、
「構造」「原理」「再現性」 の領域へと翻訳するイメージです。


■ASDの方にこそ“粋の原理”は便利になる

私は臨床で、ASDの方が
一度ルール化されたコミュニケーションを扱いだすと、
むしろ一般の人より精度が高くなる
ことを何度も見てきました。

– 余計な説明を足さない
– 必要なときだけ言う
– 相手の判断を尊重する
– 境界線を明確にする

これらはすべて“粋の原理”と一致します。

つまり、
粋は「暗黙知の世界観」にあると難しいが、
「行動原則」に変換するとものすごく扱いやすい」

実際、ASDの人が“粋の原理”を取り入れると、
人間関係の摩擦が減り、
「運がいい」と感じる確率が上がることすらあります。


■“野暮”は何か

逆に「野暮」は、簡単に言えば次の三つです。

  1. やりすぎる
  2. 押しすぎる
  3. 相手の自由を奪う

ASDの方のコミュニケーションが
一部の場面で“誤解される”背景にも、
この三つが影響している場合があります。

ただし、これもまた
ルール化すれば改善可能な領域です。


■“運をコントロールする”という視点

運は「偶然」ではなく、
心理学的には次の三つの積です。

  1. 確率
  2. タイミング
  3. 関係性の摩擦コスト

粋の原理は、この三つ全てに作用します。

  • 無駄を減らす → 確率が変わる
  • 動く時を選ぶ → タイミングが合う
  • 相手の自由を尊重する → 関係の摩擦が減る

これらは結果的に
“運が良いように見える”状態を作るのです。


■まとめ

  • 「粋/野暮」はASDの方にとって扱いが難しい
  • しかし、それは“暗黙知”として扱うから難しいだけ
  • 原理まで下ろせば、むしろ扱いやすい“行動戦略”になる
  • 粋=余白・引き算・適切な距離
  • 野暮=過剰・押しすぎ・相手の自由を奪う
  • 粋の原理は“運の流れ”にも影響する